薄っぺらい人間て何だろう?

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ツイッターか何かで薄っぺらい人間にはなりたくないというようなことが書かれてあった。

具体的には、会話の内容が雑誌やテレビなどできいたことがあるような話ばかりでつまらなかったり、イベントの企画とかで、安さ重視しまくりでお客様のもてなしを考慮しないというような人間は薄っぺらい人間だと思われてしまうとか何とか。

アウトプットが苦手な人間も薄っぺらい人間扱いされちゃうかな?

会話に関しては、私は知識を身につけても、アウトプットが苦手なので、言葉で表現するときはどうしても簡単な表現をしてしまう。

長いこと話すと話が支離滅裂になってきて、自分でも何言ってるかわからなくなる。言いたいことを言葉で表現するのが物凄く苦手ですしね。

んで話を聞いている相手もだんだんいらついたり、結論は何なのか急かしてきたりするので、それが嫌で、なるべく簡潔に短く適当に喋ってしまう。

なので、言ってる内容が結局は薄っぺらい感じになっちゃう。

おまけに人の話を理解するのも苦手なので、誰かに質問されても、質問の意味が理解できず、結局答えられなくて、相手からは「あ、こいつ分かってないんだな」と捉えられてしまう。

それが頭ではちゃんと理解している内容だったとしてもだ。

だから何も分かっていない薄っぺらい人間だと判断されてしまうというのもあると思うんよね。

薄っぺらい人間にはなりたくないと言っても、結局アウトプットがちゃんとできてなければ、薄っぺらい人間ということにされてしまうかな。

私みたいに言葉で表現するのが苦手な人も薄っぺらい人間扱いされちゃうかな。

イベント企画に関しては、プライベートではそこそこ考えることができてるかな。

冒頭のイベントの企画で言えば、私は旅行の計画を立てるときはそれなりにちゃんと考えて計画しているようには思う。

宿泊する場所を考えるときも、安さだけでなく、次の日程を考えて立地も気にしたりするし、ただ安けりゃ良いみたいな考えでは宿泊先を探したりはしていないな。

時間的に考えて、この日はどことどこを目的地にすれば時間的な効率が良いかとかも考えるな。

まあ、会社において、こういう企画の仕事するときは、全く考えることができないし、全く意見出せないですけどね。まあやる気がないのもありますが、人と協力して企画を考えるのはどうもダメだ。

でもプライベートだといける。だから1人でモクモクやることに関しては、薄っぺらい人間ではないかも。

何か色々考えたらサラリーマンは薄っぺらい人多いかもと思えてきた。

そういえば会社に居るとよく聞く言葉がありますね。会社で「言われているうちが華だぞ」って言われたり「苦労は買ってでもしろ」とか言われたり、飲み会とかで「若いうちにもっとお金を使え」とか言われたり・・。

こういうのも誰かが言っていることの受け売りだから言われても「またかよ」って思うし、薄っペらい感じしません?

サラリーマンが説教垂れるときによく使ってますが、これらの言葉を使われると途端に冷めちゃいますね。もう言ってることが殆ど誰かの受け売りですもん。(っていうか今の自分にとっては全然参考にならないことばかりだが(゚∀゚))

それにサラリーマンの人生自体も薄っぺらいように思う。日本人は会社の奴隷としてサラリーマンに嫌々ながらしがみついてる方が大半だと思う。それは世間体を気にしてとか、辞めたら生活できなくなるとか思ってるからサラリーマンにしがみつくしかないと考えているのが大半だと思う。

他の幸せな生き方を模索しようとしない。このサラリーマン人生こそが世の中の常識的な生き方なんだという固定観念から離れることができない。誰かに言われたことをそのまま信じ続けサラリーマンという当たり前のような人生のレールでしか生きていけない。

こう考えるとサラリーマンというか、日本人の殆どが薄っぺらい人間のように思ってしまいます。誰かが決めた生き方に従って生きてるだけって感じがするのでね。

仕事に関しては熱心で薄っぺらくはないのだろうが、人生の考え方に関しては薄っぺらい人間のように思う。

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コメント

  1. ほぼ千葉県民 より:

    下の部分、本当に正論すぎると思います。
    多分、会社で必死にしがみついてる人にこの話したら、「働くことってのはな。。。」的な話で歪んだ常識(本当はそうではないが、世間一般で信じられていること)をいかにも俺が正しいって感じで上から言ってきそうな感じがします。

    “それにサラリーマンの人生自体も薄っぺらいように思う。日本人は会社の奴隷としてサラリーマンに嫌々ながらしがみついてる方が大半だと思う。それは世間体を気にしてとか、辞めたら生活できなくなるとか思ってるからサラリーマンにしがみつくしかないと考えているのが大半だと思う。

    他の幸せな生き方を模索しようとしない。このサラリーマン人生こそが世の中の常識的な生き方なんだという固定観念から離れることができない。誰かに言われたことをそのまま信じ続けサラリーマンという当たり前のような人生のレールでしか生きていけない。”

    これも薄っぺらい考えかもしれませんが1つ自分の考えを話させてください。
    給与=換金率×働いた時間 だと思います。

    給与をたくさんもらっている人は会社に尽くしている時間(働いた時間)が長い人や換金率が高い人(大学までしっかり勉強した学歴が高い人、能力が高い人)だと思います。
    換金率を急に変えることは難しいことですが働いた時間は元々一人の人間が持っている時間が平等(24時間)なので誰でもいくらでも増やすことができますよね。身体がもつかぎり笑。
    日本のサラリーマンの現状は換金率が高くとも働いた時間を会社が正当にカウントしない(サービス残業や年俸制など)ことが多いため、ある一定の収入を得るため無理矢理、長時間働かざるをえない状況になっているのだと思います。特に換金率が高い人以外の人。
    それが一般的に見て間違っていても、最近の会社は成長、責任や自己実現という言葉で会社の考えこそが正義であると押し通されどんどんサラリーマンの立場は弱くなっていると思います。
    こんなことを話すと卵が先か、ひよこが先かみたいな話になりますがサラリーマンが仕事を完了させる責任と会社が社員の健康と生活を守る責任ってどっちが先なんでしょうね。後者が圧倒的に無視され(もしくはそんなものそもそもないのか?)、前者のみが浸透しているこの異様な世の中に違和感を感じずにはいれません。会社は全員で作るものだなんていいますが、一部の能力が高くて仕事がこなせて残業も気にしない人のためにルールが作られているとしか思えませんね。

    長文、失礼いたしました。

    • ボンズ より:

      ほぼ千葉県民様

      >>最近の会社は成長、責任や自己実現という言葉で会社の考えこそが正義であると押し通されどんどんサラリーマンの立場は弱くなっていると思います。

      これ、ほんとそう思います。私の周りの従業員を見ても、「会社からお金貰ってるんだから必死になって働かなきゃ」とか言ってる人いるので、ホントに会社を尊重しすぎてるように思います。新入社員研修でも「社会人と学生の違いは?」との問いに「責任」とか答えさせてるあたり、ホントそう思いますね。私が言うのもなんですが

      • ほぼ千葉県民 より:

        ボンズさん

        返信ありがとうございます。
        このコメントには返信結構ですよ。ただ一つだけ。
        そもそも日本人って面接に行くときに会社に選んでもらいたいって
        気持ちが強すぎですよね。(過去、採用で面接をやってました。)
        選ばれる側って認識がそもそも入社前から強すぎで自分で会社を
        選ぶって気持ちも大切なんじゃないかと思います。