幼いころに純粋に楽しいと思えたことが、今やっていても心から楽しいと思える。
釣りなんか、サラリーマンになってからまた始めたが、見事にハマっている。
映画も昔から好きだが、昔ほどワクワクはしなくなってしまったが、それでも以前として映画を見ているときは幸福度が高い。
どちらも、幼い頃によくしていた遊びだ。釣り自体はそんなにしたことはなかったが、魚に関しては魚の図鑑を読み漁るくらいに好きだった。
まぁ要するに魚が好きなのだ。
三つ子の魂100までじゃないけど、幼い頃に好きだったことが、真にその人の好きであること、やりたいことなのかもしれない。
そういえば、サイクリングも好きだったな。これは昔から車の車窓から眺める流れる景色が好きだったので、車は持てない分、自転車で流れる景色を見たいと思ったからです。
幼い頃に好きだったことをまとめると、以下のような感じ
・魚を捕まえる
・映画を見る
・車や電車から流れる景色を眺める
これは今やっていても心から楽しいと思えることである。
やりたいことって、幼い頃に好きだったことが真にやりたいことなのかもしれない。
まぁ全部娯楽なんだけれども。
プログラミング大好きとかだったら、格好がつくんだがな。職にも活かせて良かったかもね。
私の友人なんかは、昔からのゲーム好きだったけど、今ゲーム会社でクリエイターをやっていて、凄い楽しそうだもんなぁ。
まぁこういうのは能力、地頭が良くないと楽しめるものも楽しめないけどね。
そうじゃないと責任の重圧だけ感じて潰されるだけだしね。
だから結局職場の誰かにやりたいこと見つけろよとか言われても、能力が伴っていないもの(この場合、仕事の能力)にやりたいことなど見出だせない。
というわけで結局やりたいことなんて、仕事以外でしか見つけられない。
仕事以外で考えたら、俺みたいな無能なんかは趣味の範囲でしかやりたいことは見つからないね。
・幼い頃に好きだったこと
・それをこなせる能力や素養があるか。
この2つが成立しないと、真にやりたいことで、真に満足できないかもね。
特にやりたいことを仕事にする場合とか。